ACほむ提督の航海日誌2.9

アダルトチルドレンのほむ提督が、生きづらさを抱えつつもそれを克服し、生きていこうと孤軍奮闘する日々をまとめたブログ。 生きづらさからの脱却、毒親の典型的特徴を備えた親への対処法、内向的な人間の生き方などを模索しています。

継続は力なりとはいうものの 言うは易く行うは難し

継続は力なり 言うは易く行うは難し わかっちゃいるけど続かない、続けられない

 


徐々に暑くなり始め、季節の変化を感じます。
気温の変化や花粉などで大変な今日この頃です。
そのせいでブログの更新もめっきり減りました。いいわけなんですけど。

言い訳といえば、時々言い訳はしない(キリッみたいなのがかっこいいように扱う話を見ます。ですが言い訳というか、どうしてそうなったのかという話は理解や納得には一定程度必要だよなあといつも思います。
言い訳はしない、ということで自分はいい恰好できて満足かもしれませんけどね。
本当に責任とかを感じているのなら、相手にどう思われようが行動の意味や意義を話す努力は必要なのでは?


ということで、ブログの更新が減ったのは気温の変化や花粉症のせいだと言い訳してみました。実際そんな大人気ブログとかでもないし、自分の分を書く練習や備忘録の意味合いが強いのですが、言い訳として。

誰に言い訳しているのだろう、と思うときの言い訳は、自分の中の罪悪感とか良心に対してが多いです。なんか自分が言い訳めいたことを考えているな、というときは一度立ち止まって考えてみてください。
意外とこれが重要で、そういう何となく引っかかることが自らの本心や本当の望みを知らせるサインです。このサインを見逃したり無視したりし続けると、どんどん命が己から乖離していきます。



ほぼニートのような生活になってから思うのは、自分がいかに己の人生を生きていなかったかということです。

私の家庭は典型的な一般家庭です。日本では珍しくもない、本当によくある家庭です。
父親が朝早く仕事に出掛け、夜遅くに酔っぱらって帰ってくる。
母親は早く起きて朝食や弁当の準備などをしてくれ、日中は掃除など火事に励み時々パートに出掛けたりする。
サラリーマンの父と主婦の母というありきたりな両親です。
さらに父親は仕事仕事で家にはほとんどいなく、たまの休日は母に買い物のために車を運転させられる。
それ以外は寝てたり何か趣味らしきことをしている。母親はいつも口うるさく学校の成績、宿題、塾がどうのと怒っている。そんなどこにでもある家庭です。

そんななかに、毒親といわれる由縁、子供をその生涯にわたり苦しめる毒が潜んでいるのです。私の父はその年代に典型的な仕事人間で、朝早く出掛け夜は遅く休日も時々仕事の電話をしていました。
私は父が一定の年齢、役職になり職場が変わった最近まで、ろくに父親と会うことがありませんでした。朝は起きて朝食を食べる頃には父は食事を終え、学校に行く準備をする間にもう父は出勤しています。
夜は私が寝るのが早い子だったというのもありますが、小中学校の頃は寝る前に帰っている方が少なかったです。
高校くらいになると夜ふかしできるようになり帰ってきた父に会うことも増えましたが、基本酔っ払いで会話は不可能でした。
休日はさすがに食事は一緒になりますが、母と買い物に行くか外で趣味の庭いじりかでやはりそれほど同じ空間にはいませんでした。

そんな生活でしたので、私は父と話をしたことはろくになく育ちました。
未だにこの年でも父と二人にされると何を話していいのかわかりません。
またいずれ記事にしようと思いますが、父は仕事がひどく精神的にきつい時期や兄と折り合いが悪い時期がありました。その頃の父は些細なことでいきなりキレて大声で怒鳴り散らし、幼い私はひどく怖かったものです。
そのせいか未だに父はいつキレて怒り出すかわからず、それが怖くて接するのにはいつでもひどく緊張します。母が出掛けて父と二人なんてときは、いっそ父も一緒に連れて出てくれといつも思います。

 

そんなわけで家庭、というか親子関係に父が不在とも言える状況でした。
ですがこれはあまり私世代では珍しくないのです。仕事人間の父親が家庭を顧みない時代だったようです。ですから家には母親と子供だけなのですが、兄は学校の成績こそ私より悪いものの生きる力のある人でした。
要領よく飄々としたところのある人で、母が何度怒り怒鳴っても何食わぬ顔でよく出かけていました。
私は昔から親の言うことをよくきくいい子でしたので、とてもそんなことはできなかったです。
兄のこういう、勉強とかではない生きる上の力は本当に今でも羨ましいです。どこででも生きていけるタイプなんですよね。

これで兄もいなくなった家庭には、母と私の二人きりです。この母は典型的な教育ママであり、お受験ママでした。
一般的なと言う通り、世間的には勉強していい高校、いい大学に行って公務員になるのが幸せ、みたいなモデルができ始めた頃でした。
自分が働いていた当時は珍しい、女性で理系のうえ最新技術だったパソコンなども使うキャリアウーマンだったせいもあるでしょう。

なので学校の成績が悪くはないが望む域でもない。そのくせよく出かける、つまり遊んでいる兄には当然不満を感じていました。
一方で家庭を顧みない父への不満もずっと貯めてきました。もっと幼い赤ん坊の頃の育児すら手伝わなかったそうですから、やむなしという気もします。

そこに親の、というよりもっぱら母親の言うことをよくきいてくれる子が一人いるわけです。望む通りに学校の成績はいつも良く、父や兄のように母を置いて遊びに行かない子供です。母親の望みが集中するのもわからなくもないでしょう。

私は気がつくと母のそういった願いを受け止める器と化していました。
母の言うことを聞いていい成績を取り、習い事もきちんとして、母親の話を聞いてくれ、母親の面倒を受けないと生きていけない。そういう母が望む理想の子供を演じることを

強いられているんだ!


最後がおかしいと思う方がいるかもですが、こういった一般的な教育ママや家庭に縛られた母にはよくある望みのようです。
自分の存在理由を求めるようなもので、この子は私がいないとダメだから、この子を育てるのが私の使命。そんな感じで自分の人生に意味を持たせるために、子供が自立してしまっては困るのです。
子供に勉強や習い事をさせ、立派に育て上げる理想の母親を演じるための小道具みたいなものです。

どう強いられたかというのは色々あります。塾などの習い事も、よくある話ですが行かされましたし。
例えば私は部屋から出ているときはタイマーで時間を計られ、それ以上の休憩を認められませんでした。鳴ったら早く部屋に戻って勉強、というわけです。つけずに下にいると、何遊んでいるのと叱られたものです。
おかげで未だに私は食事以外で部屋から出ることはほとんどないです。もう体に染みついているのです。部屋から出てはいけないと。
家族でリビングでくつろぐなんて、別世界の話ですよ。部屋から長い間でていると怒られるんですからね。


また学校の成績も、テストで80点以下を取ろうものならひどくののしられたものです。何やってたの、とかちゃんとしなさいとかヒステリックに叫ばれるのが、ひどく怖く辛かったです。
今時の子は失敗に弱い、とか言われますが私も失敗には弱く、何より失敗することが怖い。失敗、ようはテストで一度でも、少しでも低い点、それが78点とかでもものすごく詰られ罵倒されたからです。
大学生になっても、試験を受けるときはいつも失敗したらどうしようと胃が痛くなりました。こうなると最終的には、何か新しいことに挑戦することがなくなります。
何かをすれば失敗する可能性があるからです。失敗すると怒られ、怖くて傷つく。なら何もしなければいい。無意識の内にそう考えるようになります。

 

このように色んな恐怖や痛みで縛られ、理想のいい子を演じざるを得なくなっていったのです。また子供と親の絶対的関係も問題でした。世間の親はあまり深く考えていないですが、子供にとっての親の存在がいかに大きいかという話です。
子供にとって親は最も身近な大人であり、保護者であり、わからないこともできないことも親に聞けば解決する、そんな絶対者なのです。
これは幼い赤ん坊だけでなく、ある程度の年齢になってもどこかで無意識的にそう捉えている節があります。
そこで親は正しい、親の言うことを聞いていればいい。絶対者にそういわれて育つと、ある程度自我が確立してもなお親の支配下に置かれてしまうのです。
親と違うことを思うと、自分の考えや感じたことの方が間違っているのだと、意識無意識の両者あるいは片方で考えてしまうのです。
その結果、本当はやりたくない。本当は辛い。そういった本心の、自らのサインを黙殺あるいは排除してしまう。

 

私は本当に最近になって、自分の本心だとかそういったことに気がつけました。
普通ならもっと早く気がつき、親に反発したりするのでしょう。それが反抗期です。
私は反抗期らしい反抗期はありませんでしたし、何より親の言う通りに生きるのが正しいのだとずっと思っていました。

言われた通りに勉強し習い事に行き、親の指示した高校大学を出て、家から通える職場で働く。できれば公務員になる。
そう言われ続けていましたから、自分の人生はずっとそうなるのだろうと思っていましたし、それ以外の人生など考えたこともなかったのです。
進路や将来のことに悩んだりなんて一度もしたことがありませんでした。
何故なら、もうどうするべきか決まっていたからです。
私にとってそれは自分の考えることではなかったのです。

 

 

ひどいものですよね。
自分の人生なんかまるで生きていない。そもそも思考が停止していたわけで、哲学的ゾンビみたいなものです。
今になって、本当はあの時辛かったんだな、とかやりたくなかったのにとか、そう言うことに気がつくのです。
アダルトチルドレンの治療として、このように過去に本当はどう思っていたのかの確認が行われます。

ですがこれはアダルトチルドレンでなくても、大事なことです。
とかく忙しない世の中で、私達は自分の心や本心のサインを無視しがちです。
しかし無視して生き急いだ果ては、取り返しがつかなくなってからの後悔です。
本当はあのときああしたかった、こうしたかったと後になってわかっても、もうどうしようもないのです。
取り返しがつかなくなる前に、世間や常識、親や他人に惑わされず、己の心や望みに向き合ってみるべきです。
早ければ早いほど、取り戻せる可能性は高くなると思いますよ。


 

これブログを更新しなかった言い訳から始まった話です。
本当はしなくちゃいけないな、と思いつつ後回しにしてたから己の良心の痛みに勝手に苛まれているのです。ですが夏休みの宿題とか普段の予習復習とかと同じで、毎回そう思うんですけどやらないのですね。本当はやらなきゃと思うのに。
夏休み前は必ず先に終わらせる、と思うんです。試験前になるといつも、普段から勉強しておけばと思うのです。

わかってても、言うは易く行うは難しというわけです。心のままに生きるとか、かっこいいけどそういう訳にもいかない世の中です。
自分のことだというのに、ままならないものですよね。