ACほむ提督の航海日誌2.9

アダルトチルドレンのほむ提督が、生きづらさを抱えつつもそれを克服し、生きていこうと孤軍奮闘する日々をまとめたブログ。 生きづらさからの脱却、毒親の典型的特徴を備えた親への対処法、内向的な人間の生き方などを模索しています。

連休の過ごし方 花見に旅行、読書と引きこもり、いつも渋滞

連休の過ごし方 花見に旅行、読書と引きこもり

 

連休明けの憂鬱な一週間目、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
私はどうにもやる気が出ません。すっきり意識や気持ちを切り替える、というのは難しいものです。
とりあえずそれでも動き出さねば、ということでブログの更新から始めてみます。


提督らしく、錨上げ!出港!というところでしょうか。それ以前、船に火を入れろ、出港準備という段階かもしれません。
しかも遠洋に出るでもなく、近海で航行練習のみ、くらいの気持ちです。


そういうわけで、とにかく記事の方を書いていこうと思います。

さて、連休の過ごし方というわけですが、今更という話題です。
ですが連休などの休みの後

もっとああしていれば

そう後悔することはありませんか。私は時々あります。
連休など長い休みになればなるほど、この後悔が頭をもたげてきます。
そんな方に向けて、特に内向性型の人に向けての話です。



私は内向性の強い人間です。
内向性人間の特徴として、何もしない時間、一人で静かに過ごす時間が必要であるという点があります。
休みになるとどこかに出掛けたり、何かをしたりして

ああ、楽しかった。いい気分転換になった。
明日からまた頑張ろう。

という風にはなかなかならないです。
もちろん楽しくない外出だから、というのではありません。
興味のあることのための楽しい外出もあります。ですが終わると、ああ疲れた、となりがちです。

これも内向性の特徴として言われています。
外出して活動したあとは、たとえそれが楽しい体験であっても、消耗したと感じるのです。
ですから、楽しい外出でも終われば疲労がどっしりとのしかかり、明日から頑張ろうとはとても思えません。

楽しいイベントや予定で忙しい週末より、何もすることのない週末を選ぶのも内向性の特徴と言われています。
私はもろにそうです。楽しくても忙しいより、何もなくていいので一人で静かにしていたいのです。

ですがここで社会とのずれが発生します。
社会、世間では連休は旅行花見など、多くのイベントが行われる時期です。
そしてそれをさぞ素晴らしく、連休とはこうするものだと言わんばかりです。
そのために、どうしても惑わされてしまうのです、普通、世間並みとかいうまやかしに。


ですが考えてみてください。
休みの過ごし方なんか人それぞれ、良いも悪いもないものです。
何かが終わった後に、もっとああしていればというのは何事にもあります。
ですが休みにおいて、世間で言われていることをしなかったからと、何か間違ったような気になる必要はありません。
大事なのは自分が休めたかどうかです。

外向性の強い人は外に出て、買い物や遊びなどイベントをこなすことで刺激を受け、活力を得ます。
内向性の強い人は、一人で静かに過ごして活力を得ます。
人により元気の出し方が違うというだけの話です。

ではどうして惑わされてしまうのか。
それは以前にも内向性の話をした際に触れた気がしますが、社会が外向性の人向けにできているからです。
例えば多くの人が意識無意識に影響を受けている存在に、テレビがあります。
しかしその成り立ち、構成を考えてみてください。
あれは


番組の間にCMを流しているのではありません。
CMの間に番組を流しているのです。


この基本的なことを、私達は時折忘れてしまいます。
テレビ番組とは究極的には、CMを見せるためのつなぎでしかないのです。
しかもその番組すら言ってみれば宣伝なのです。


番組を作る会社があり、そこに資金を提供する複数の企業などがあります。
彼らは出資者であり製作者ではありません。
しかし製作者は資金提供を受けている以上、その意向をある程度反映させなくてはいけません。その結果できるのが、旅行や買い物、食事に遊びにといった様々なことに興味を抱かせる番組です。

それを前面に打ち出しているか否かに関わらず、多かれ少なかれ、テレビ番組にはそういった部分があります。
つまり宣伝を含む番組、宣伝、番組の繰り返しとなっているわけです。
ご飯をおかずにご飯を食べるみたいな話ですね。
つまり


あいつらは! 何億という金をかけて!人々の脳みそにサブリミナルメッセージを送り、 思考を操作してるんだ!
俺は中退したけど短大にも通ってたんだ!専攻は心理学だった。だから分かる!これは企業の陰謀だ!!



概ねこれで間違っていません。
企業はテレビ雑誌ネットなどを通じて人々に何らかの興味を抱かせ、金を使わせようとしているのです。
企業は利益を求める団体であるということを踏まえれば当然のことです。
そしてそのターゲットが外向性の強い人なのも当然です。

私のような内向性の強い人間は、はっきり言って不経済な存在です。
休みに一人で部屋で本を読んだり、寝転がりぼんやりとしていれば十分なんていうのは、経済に何ら寄与しない存在です。
なので企業はあの手この手でメッセージを送り、人々を少しでも外に出そうとするのです。

外に出て金を使え利益を上げさせろというわけですね。


少し闇の深い話をすると、社会が外向型向けなのもそれが理由です。
金を使う人間が多い方が企業や国には都合が良いのです。
企業は自らの提供するもので利益を得られ、国は税などで収益を得られるわけですから。

そして企業が自分達に利益のある、都合のいい政治家に金を渡し、政治家は更なる金と権力のために仕事をする。
そこで先ほどのテレビ番組のように、自分に資金提供してくれる企業への配慮も当然しなければなりません。
根回しするにも金が要りますし、単純に懐を温めるためにも、提供を続けてもらいたいですからね。

世間の上、上流部分ではそういった仕組みが存在します。それこそ戦後あたりからある仕組みです。
昔から政治家、企業、医者にやくざというのはがっちり絡み合っているものです。表で振るう力が権力、警察などで裏がやくざというわけです。
その仕組みにのっとって、互いに都合のいい外向型の人間を中心に据えた社会が構成されていくわけです。
まああまり詳しいことまでは書きません。
詳しい話をすると「誤って豚足を喉に詰まらせたことによる事故死」してしまうので。
悪しき政治家の命を受け、悪徳マッポがのっぴきならない暗黒メガコーポを守っているのだ。何たるマッポーめいた暗黒体制か!

おお、ブッダよ!寝ておられるのですか!



企業のこういった宣伝以外にも、気になってしまうことといえば人の話です。
誰かがこんなことをした、どこそこに行った、あんなことをして楽しかった。
そんな話をしていると、自分も何かすればよかったかなと思ってしまうものです。
ですが外向性の強い人の方が、声が大きい(物理的な話ではなく)ので耳に入りやすいだけです。

内向型の人の共感できる、静かな過ごし方をしている人はまずあまり聞こえるように話をしません。
親しい数人と話すことがあっても、積極的に休みの内容についてまでは話さない人が多いです。そのため耳に入りにくいだけで、聞こえれば内向型の人の多くはそちらに心を動かされるでしょう。

まずそもそも人の過ごし方が良く思えるのは、隣の芝生は青く見えるようなもので、よくある現象にすぎません。
もしくは食事に出掛けると他の人が食べている料理の方が、自分の選んだものよりおいしそうに見えるあれです。
ただの錯覚なので、あまり気にしない方がいいでしょう。

休みが終わってからふと、あれをした方が良かったのではないか、自分は休みを無駄にしたのではないかと思うこともあります。
外向内向関係なく、他にも何かやれたんじゃないかと思う場合です。
そういう場合は、自分が休み明けだということを思いだしてみてください。
あなたは休みを過ごし、活力を取り戻したなのです。だからそのように思えるのです。思うだけの余裕ができたと言えます。
活力を取り戻す最中の、休みの間とは自分の状態が違うのです。

当時のあなたには休息こそが最良でしたが、その休みを経たから後になって、何かをした方がよかった、したかったという後悔のようなものをするのです。
できない、しようと思わないほど自分は疲れていたのだな、と自らの状態をきちんと認識して無駄な後悔はしないことです。

 

 

そんなわけで、ここまで連休の過ごし方について述べてみました。
早い話、人それぞれで、みんな違ってみんないいというだけです。
旅行と引きこもり、花見と天井の染み数え。どちらも人によって価値が違うのです。終わってからああしたらこうしたら、というのも無意味です。
休み前と後ではもう前提条件から違うのですから、勘違いしてくよくよしたらもったいないです。
どうせ思うのなら、まあまあ悪くない休みだったかな、と良い風に考えた方が健康的ですよ。

 

 

天気がしばらく悪いというのもあって、気が滅入りますね。
休み明け、未だに気合が入らないほむ提督でした。