ACほむ提督の航海日誌2.9

アダルトチルドレンのほむ提督が、生きづらさを抱えつつもそれを克服し、生きていこうと孤軍奮闘する日々をまとめたブログ。 生きづらさからの脱却、毒親の典型的特徴を備えた親への対処法、内向的な人間の生き方などを模索しています。

男性カップル 大阪市が養育里親全国初認定

男性カップル 大阪市が養育里親全国初認定

虐待などにより親元で育てられない子供の養育里親について、大阪市が男性カップルを認定しました。
厚生労働省は同性カップルの里親認定について「聞いたことがない」としており、全国初とみられます。


大阪市は昨年、市内在住の30代と40代の男性を養育里親と認定しました。市は養育する子供については、詳細を明らかにしていません。

男性カップルの里親はルールや規則上どうなっているのかというと、実は問題ないようです。もっともそのような想定をしていないため、端から区別していなかったとも取れますが。

厚労省は2011年に里親委託に関するガイドラインを策定しました。各自治体はそれに基づいて里親の認定について運用を進めています。

なんとこのガイドライン、里親希望者の要件について、同性カップルかどうかを定めていません。そのため同省家庭福祉課は「ガイドライン上、同性カップルでも里親を希望することは可能」であると解釈しています。
しかし実際認定されたというのは、これまで把握している限りではないようで、今回が初とみられます。


また自治体によっては、同性カップルを異性間の結婚に相当する関係と認める動きもあります。同性カップルの里親を望む声も、以前から一部ではあったようです。
ですが里親については夫婦を前提とし、性的マイノリティー(LGBT)の認定には消極的な意見もまた存在します。

厚労省によると国内では現在、約4万5000人の子供が社会的養護のもとで生活しているようです。大半は児童養護施設などで暮らし、里親に預けられているのは1割強、約5000人ほどです。

 

同性カップルが里親に認められれば、里親の元で暮らす子供も増えるのでしょうか。
男性カップルの認定について、やはり賛否両論あるようです。
私個人としては、賛成とも反対ともしがたいですね。

ただ賛否どちらでも、一番大事なことを忘れてはいけないのではないでしょうか。

つまり


それは本当に子どものためになるのか


ということです。


男性カップルでも普通の夫婦でも、それが子供のためになるのなら、私はよいことだと思います。


同性カップルが認められれば、里親が増え、施設ではなく家庭で育つことができる子供が増えるかもしれません。
家庭が最高、とは言いません。施設でも幸せに育つこともできるかもしれません。
家庭で育ち虐待を受け、施設で育たなければならない子供がいることを思えば、家庭が一番とは断言できません。

ですが家庭で育つのが、日本の一般であり普通です。
日本という国は、とにかく同調圧力の強い国です。
普通とか一般、人並みなどやたらと人と同じであることを強いられる社会です。
その中で生きていかねばならないことを考慮すると、やはり普通である「家庭」で育つ方が良いと言わざるを得ません。

その家庭の受け皿が広がることを考えれば、今回の件は良いことと思えます。

また里親の親になる決意や意思は固いと思われ、その点も良いことだと思います。
虐待をする親もそうですが、生んだからと良い親になれるわけではないです。生むだけでは生物学上の親になれても、人間的な親にはなりえません。
親になろう、親として生きていこうとする覚悟があり、行動をしてこそ親になれます。

自ら親となることを望み、審査なども受けて里親となるのですから、その点は産んだだけの親よりは良いかと思うのです。

ただ忘れないでほしいのは、子供は一人の人間だということです。

親の幸せな家族像、家族計画のために存在するわけではないのです。

同性カップルでも、通常の夫婦でもそれは同じです。


幸せになるために、子供という要素を求める。そういう考えがどこかにあること自体は悪くないのです。最愛のパートナーと、その間にできた子供。そんな幸せの光景を求めることを、悪いとは言えません。

ですが親となること、親として子供の人生に責任を負うことをもっと深く考えるべきだとも思います。
一人の人間の人生において、誰にも勝てないほど大きな影響を及ぼし続けるのが親です。

結婚を悩むのと同じ、それ以上に悩まなくてはいけないことだと思うのです。
結婚はあくまで自立した他人との話です。ですが子供は親によって生まれ、生きるのです。親の振る舞いが、言動が、その全てに子供は影響されていくものです。


私はいわゆるアダルトチルドレンです。
これは診断を受けて決定される病名ではないので、あくまで自称になりますが私はそうだと思っています。
親に人生を支配され、苦しみ続けてきた私だからこそ、親の影響力の怖さを知っています。


だからこそ、親は「親である」ということに、もっと注意を払って欲しいと思っています。
家庭における絶対権力者として、子供にとって最初にして最後、最大の寄る辺として、子供の最も身近な大人、人間として。
子供は親から、親が思うよりもずっと多くのものを受け取って育つのです。


今回の同性カップルは、親に当たる存在がそもそも偏見を持たれます。
持つ方が悪いとかいう理想論の問題ではなく、事実持たれてしまうのです。減りつつあるとはいえ、事実です。
もっとも、これは片親などの場合にも存在しうる問題でもあります。
そういう意味では、同性カップルだけの問題ではありません。
しかしこのような偏見などのように、いわゆる人並み世間並みでないだけで家庭や親としての問題は増加します。
家庭という場の受け皿が広がったのは良いことですが、その家庭が一般的でないためすでに問題を内包しているのです。

悪いと言っているのではないのです。ただ事実として、問題が増えてしまうのです。
親はそれにも対処しつつ、一般家庭でも起こりうる家庭の問題や親子関係などにも対処しなければならないのです。

まずはそのことが心配です。
自ら里親になろうとしているのですから、決意も意思も固いのでしょう。
ですが意思があってもできないことはできないのです。まして人の心の問題などはなおさらです。

親は決意していようと、それは本当に子どものためになるのか。
子供も自分で考え、その家庭に行くと決めたのかもしれません。
しかし現実問題どうなるのでしょう。
やってみなければわからないといえばその通りです。

ですがやってみて駄目だった時、傷ついた時の手助けの準備はできているのでしょうか。
一般家庭ですらうまくサポートできていないような現状で、いざというとき動けるのでしょうか。

認定するのはいいのですが、その後のこともきちんと考えているのでしょうか。
そういった不安もあります。

 

長くなったので、次に続きます。