ACほむ提督の航海日誌2.9

アダルトチルドレンのほむ提督が、生きづらさを抱えつつもそれを克服し、生きていこうと孤軍奮闘する日々をまとめたブログ。 生きづらさからの脱却、毒親の典型的特徴を備えた親への対処法、内向的な人間の生き方などを模索しています。

日本でもクリスマス。その起源や由来、意味とは?~今年もやってくる~

日本でもクリスマス。その起源や由来、意味とは?~今年もやってくる~


こんにちは、ほむ提督です。

クリスマスが今年も来ますね。
準備、してますか?まだ早いですかね。
クリスマスツリー、クリスマスソング、プレゼント、ケーキ、デート、ディズニー、ホテルの予約等々・・・・・・

 


楽しみや期待は尽きませんが、一度クリスマスについて一応の理解はしておきましょう。


クリスマスは、イエス・キリストが誕生したことのお祝いで、キリスト教徒による祝祭が広まったものです。
それがさらに「冬至の祭り」と結びついたものが、現在のクリスマスという一大イベントのようです。
冬至の祭り」とは、冬至を境に日が長くなるため、それを太陽の復活であるとしてお祝いする祭りでした。


ですので、クリスマスとはChrist(キリスト)のmass(ミサ)という綴りなのです。



またクリスマスと言ったら欠かせないのが、ツリーです。
このツリー、モミの木なんですが、見ての通り葉が尖っています。
つまり針葉樹というわけです。学校で誰もが覚えたと思います。
そのうえ、紅葉することがない常緑樹でもあります。

この常緑樹と言うところが大事で、冬になっても葉を落とすことのないことから強い生命力を象徴するものとされました。
その寒さに負けない姿から、モミの木のような常緑樹も「冬至の祭り」に使われていたのです。
やがて「キリストの誕生祭」と「冬至の祭り」が一体化した際に、同じく取り込まれたのでしょう。


ちなみに、キリスト教以前の暦では日没を一日の境目としていました。
そのためいわゆるクリスマス・イヴと呼ばれる12月24日は、その夕刻から朝まで暦上はクリスマスと同じ日だったのです。
今では前夜祭扱いですが、元はクリスマスの始まりだったのです。


そしてキリスト教徒の多い欧米では、クリスマスはとても重要なものでもあります。
欧米ではクリスマス休暇とし、クリスマス前後大体20日あたりから休日になるそうです。
お店もほとんど閉店してしまうとか。証券会社なども休業し、取引をやめるそうですから入れ込みようがわかります。
第一次大戦では、クリスマスの間だけ停戦になり、クリスマスのお祝いをしたところすらあります。
戦時中でも基地にツリーを飾ったり、家族から基地にいる兵士にクリスマスカードが送られたりもしたようです。


そんな大事なキリスト教の祭りが、なぜ日本で年中行事として行われているのか。
気になりますよね。日本人の多くはキリスト教徒でもないのに、なんで?と。
そんな疑問にお答えすると


それは、日本人がお祭り好きだから。


ということになります。
実際そうとしか言いようがありません。詳しく調べたら違うのかもしれませんが。

日本にクリスマスが入ってきたのは、キリスト教が入ってきたのとほぼ同時期。
戦国時代頃に、宣教師が船でやって来たころです。
それと同時に、クリスマスも平民の間にまで徐々に広がり始めたようです。
初期の頃はあくまで「冬至の祭り」として行われていたそうですが、徐々にその建前もなくなっていったようです。


昭和辺りにはだいぶ浸透してきたといえます。
太平洋戦争の最中でも、クリスマスツリーの写真さえ残っているそうです。
これはだいぶ日本の行事として根付きつつあったといえます。

やがて企業などが販売促進のため、クリスマスを前面に押し出した商品の売り出しを始めます。
それも一因となり、今ではすっかりクリスマス商戦なんて言われるほどになっています。

ちなみに日本がチキンを食べるのは、ケンタッキーの仕業です。
ある日本在住の外国人が「日本では七面鳥は手に入らないから、ケンタッキーのチキンで祝おう」そう言って来店したそうです。



そのときKFCに電流走る……!

 


これだ、と思ったKFCは「クリスマスにはケンタッキー」とアピールを始めました。
欧米風に楽しむというクリスマスの過ごし方が徐々に日本に定着しつつあったところに、KFCが『クリスマスにはケンタッキー』をアピール。
欧米風が流行っていた時代もあり、それが的中したのです。
結果、今ではケンタッキーを超え「クリスマスにはチキン」とまでなっているのです。


なお日本ではチキンを食べますが、欧米では七面鳥です。
この七面鳥、実はアメリカの文化らしいです。
アメリカの開拓民が開拓途中で飢えに苦しんでいた時、インディアン(ネイティブアメリカン)から七面鳥が与えられ、飢え死にせずに済んだとか。
そのためアメリカ文化において七面鳥は、いわば「縁起物」としてクリスマス、結婚式などの祝い事に欠かせない食べ物となったそうです。
その風習がヨーロッパに伝わり、クリスマスには七面鳥!となったのです。

 


そんなこんなでクリスマスはすっかり日本に年中行事として定着したわけです。
ですが年末の日本は、宗教観の強い海外からは本当に頭おかしいでしょうね。
キリスト教のお祭りをやり、その1週間後には神道文化といえるお正月を祝い、おせちを食べます。
その後はお寺にお参りに行ったりするわけです。

近所にあるのが神社か、お寺かで違う人もいますが。
この考えがもうすでにおかしいのですけどね。

 

クリスマスは皆さんいかがお過ごしでしょうか。
ほむ提督は家で家族と過ごします、例年通り。
恋人と過ごされるという方もいるでしょう。
ホテルを取ってあるんだ、とかそんなドラマみたいなことしている人もいるんでしょう。


ですが欧米ではクリスマスは家族と家で過ごすものです。
仕事を休みにしてすら、家族と過ごすくらいです。
つまり恋人がいないから今年も家族と一緒、と悲しんでいる人。

安心してください。


その方が正しい、と言うか本式です。
我々の方が、本場風にやっているだけなのです。
何も気にすることはありません。



12月と言えば、一度クリスマスの記事は書いておかないとな、ということで今回はクリスマスについてでした。
体調が悪いので、今年はクリスマスのごちそうも楽しめそうにないのが、本当に残念です。


ほむ提督でした。

復活未だ遠く~忍耐の日々~

復活未だ遠く~忍耐の日々~


お久しぶりです、ほむ提督です。
大変ご無沙汰しております。

数か月ぶりの更新となりました。
何とか今も命を繋いでおりまする。


しかし相も変わらず不調は続いておりまして、今も毎日薬を3種服用しております。
それにくわえ、腹の調子を整えるための市販薬なども2種。
元気とは程遠い有様です。

それでもやや病状は安定しつつある、と思いたいところです。
辛い吐き気や腹部の膨満感などは、幾分か和らぎ、日々の暮らしが少しはましになりました。

そのため月が変わり今年もあと1年となったこともあり、久々の更新を思い立った次第であります。


最近、人々もするTwitterというものを、引きこもりニートもつぶやいてみむとてするなり。


やり始めたらブログより手軽で、こちらは具合がひどく悪い時もわりと続けられました。
Twitterとは、バカッターなるものもいるし、なんだか怖いものだと思っていたのです。
が、これがなかなかどうして、気軽でかつ人の想いや考えが様々見えるというのは面白いものです。

一方で、この気軽さが故に愚かな行為に走ってしまうのだというのもわかりました。
気軽、手軽はいいものの、過度な軽さになっていやしないか。
そんな疑問や恐怖すらわきます。過ちを犯すのも手軽と言うことですから、恐ろしい。
これは今のネット社会全般にいえることですね。

ただ個人的には、ダウンロード刑罰化などのように取り締まりすぎるのは逆に衰退を招く気もします。
ある程度混沌としていないと、新たなものは生まれにくいように思うからです。
実際YouTubeニコニコ動画で見た動画から、新たなことやものに興味を持つというのはよくあることだと思います。
それを奪い、あれもこれも禁止となると結局は知る人も興味を持つ人も減り、衰退に繋がるのではないでしょうか。

実際アニメグッズとかは売り上げが下がったりもしているようですし。
欲しいものは働けばすぐ手に入る時代ではない以上、どうしても興味が出ても絞っていかざるを得ないのでしょう。

またCD業界は売れないと騒ぎのようですが、それもやむを得ないでしょう。
耳にしないと知ることもなく、知りもしないものは買うことはないのです。
知るにしてもちょっと聞いてみようとか、ちょっといいな程度で物が買える時代ではないのです。

もはやかつてのように、音楽はCDかテレビ、もしくはラジオだけの時代ではありません。したがって低賃金、長時間労働などにあえぐ今の人々が、金と手間のかかるCDから離れていくのもわかります。


挙句に一番売れているのがAKBみたいな、福引券にCDがおまけでついているみたいな有様では。
正確には抽選券らしいですが、どちらにせよあれをCDの売り上げと言えるあたり大した面の皮の厚さです。


 

それはさておき、相変わらず体調悪い中、一応の復帰です。

現状、薬があっているのかやや体調は回復、といかないまでも落ち着きつつあります。
ここしばらく文字を書いたり、真剣に物を考えることから離れていました。
そのリハビリを兼ね、これからはちょこちょこ更新していけたらと思います。

しばらくは毒親アダルトチルドレンに関係ない、病気の療養記めいたものになりそうですが。


体が回復に向かう、仕事が来る等々、よりよい前途を祈って。

 


ほむ提督でした。

QMK~急にメールが来たので~

お久しぶりです、ほむ提督です。

 

題名の通り、はてなさんから急にメールが来たので、久しぶりに更新をします。

 

実を言うとまだ本調子ではないので、とりあえず生存報告的に。
そんなことが必要な人気ブログでもないし、ただの備忘録や日記程度のものですが。

メールで、そろそろ更新しませんか?とかされると、一応しておこうかな、しないとまずいかなという気持ちにさせられたので。

 

 

夏風邪は長引くものですが、夏のお腹の風邪も長引くようです。
体調を崩して早一月以上が経過しております。未だに食事の度に、今回は吐かないかという恐怖が抜けない私です。
そうなると好きだったはずの食事が、まるで楽しめなくなってしまい、そもそも胃の負担になるので量も食べられず、種類も食べられずと食事の質や内容ともに満たされない日々です。

そのため気力も欠けていき、気落ちしたままの一ヶ月ほどでした。
前回の更新から一月ほどたっているということで、今回はてなブログさんからメールが来て更新を促されたわけです。

その前回の更新からして、具合が悪くなったのが治ってきたとかいう程度のものでしたが、挙句にその後すぐにぶり返してしまいました。
二、三日の絶食をするほどの症状でした。治りかけで浮付いていた私を地獄に叩き落とす吐き気と腹痛……。
それが治ったのが一、二週間ほど前です。

ですがそこから少なくとも一週間は油断できませんでした。
何せ前回は治ったと思ってから一週間ほどでぶり返したのです。今回もそうならない保証はありませんでした。

しかし一週間たち、二週間たってもぶり返しはきません。
それどころか徐々に食べられる量が増え、種類も増えてきたのです。
このまま完治、希望の未来へレディ・ゴーッ!



とはなりませんでした。その三日後に再び襲い来る吐き気。
流石に、なんで私だけがこんな目に、と泣き言や恨み言が漏れました。

ですが吐き気がぐっとするものの、症状はだいぶ軽いのです。
現金なもので、これはどんどん良くなっている証拠だと思うとだいぶ調子が良くなりました。おかげでこうしてどうでもいい、個人的な近況を言い訳めいたブログに乗せられるわけです。

 

今回の件から私が得るべき教訓は、健康には気を遣えということです。

健康というのは当然のようで、実にありがたく、得難いものなのだということを実感しましたね。大病を患った人とかは皆同じようなことを言いますし、人は痛い目を見なければわからないとも言いますが、まったくその通りでした。

食べて、飲んで、動いて、寝るという当たり前のことが、当たり前にできる。
これはすごいことですよ。

失ってはじめてわかる、なんていうのは使い古された言葉ですけど、本当に失ってみて初めてありがたみを実感しました。
私自身、健康は大事なんて言葉の上ではわかっていましたが、実感はありませんでした。ですから無意味かもしれませんが、やはり伝えておきたいものです。


健康は大切です。
食べ過ぎ、飲み過ぎには気をつけること。
適度に運動をし、早寝して十分睡眠をとること。
食事の時はよく噛んで食べること、飲み物は冷たくしすぎないこと。

聞きなれた言葉ですが、これは本当に大事なことでした。

もうすぐ夏も終わりですが、これを読んでいる方がいれば、どうか体には気をつけてください。具合が悪くなってからでは遅いのです。

 

近況報告、ほむ提督でした。

きちんとした記事は、もうしばらく待ち体調が回復し次第です。

ウイルスは許可しないィィィィィ──────ッ

ウイルスは許可しないィィィィィ──────ッ


こんにちは、ほむ提督です。
ここのところ急激に暑くなり、たいへん参っております。
ほむ提督の名前の通り、海にでも行きたいところです。

 


ここのところ体調が思わしくないということは、前々回記事で書いたとおりです。
実は未だに回復しておらず、食事の度に吐き気を感じる状態です。
一日の楽しみであり欠かすことのできない食事が、一日三回の苦痛と恐怖の時間になるのは辛いものです。
挙句に下痢なんかにもなりますし、上からも下からも食べては出ていってしまい困ります。おまけに吐くにせよ下痢するにせよ、体力を著しく消耗します。

そこに追撃をかけてくるこの暑さ。

しかも吐くのも下痢するのもトイレですが、トイレは大抵どこの家でも小さい個室でしょう。我が家もそうなのですが、個室の上小さいと熱がこもりやすいのです。
広い部屋で窓を全開にしていても汗が出るのに、窓を開けられない、ドアも占めたトイレの個室ですよ。
サウナかな?というほどの熱気に包まれ、吐き気や下痢のせいではなく意識を失いそうになります。

実際に私の親戚がこの間、熱中症で倒れたそうです。場所はトイレではなく外でしたが。道端の草むらの中にぶっ倒れているのを通りかかった人が見つけてくれ、一命はとりとめたそうです。
ですがその後病院にもいかず、もう元気だからと普段通り過ごしたそうです。
そのせいで次の日には具合が猛烈に悪くなり、急遽入院したそうで。

ばっかじゃなかろか、と思いました。

お年寄りって言うのはどうして、自分は大丈夫だと何の根拠もなく思うのでしょう。
意識を失って道端で倒れたくせに、意識を取り戻したからもう問題ないって考えますか、普通?
たぶん体と頭の整合性が取れてないからなんでしょうね。
体はもうヤバイ、死ぬぅと危険信号を出していても、頭がそれを認識できない、もしくは意識できないんですよ。
だからまだ暑くない、大丈夫だとクーラーや扇風機を出さない。
まだのど乾いていないとか言って水分補給もしない。

同じようにして何人死んだかわかっていますか、と。
毎年同じような死に方をしている人がいるのに、なぜそれより年上、もしくは近い年齢の自分は平気だと思うのか。
なんか体にいいことしたり、忠告に従ったら敗けみたいな感じありませんかお年寄りって。


あげく法事なんかもあるので早く治したい、とお医者様に言ったそうです。


お前の葬式になるんやで

 


話は変わりますが、近頃体調を崩しているのは上で述べたとおりです。
ですがその前日ほどに、私の知り合いのPCがウイルスに侵されました。
なんでもUSBの内部などにまで侵入して、勝手にフォルダやファイルのショートカットを作りまくるとか。
しかもそれにかかるとその元となったファイルなどは移動させたり消したりもできない。

ものすごい短い間隔で作られ、常駐のウイルス対策ソフトに消去され、また作って、また消しての繰り返しでした。
対策ソフトの履歴を見ると、ほとんど二秒おきくらいに消去していました。どんだけ作ってるんだ。

私はウイルスなどにはあまり詳しくないのですが、聞くだけ聞いて「あ、そう。頑張ってね」というわけにもいきません。
一応横から、あれしてみたら、これはしてみた、こうやって調べてみたらと口を挟んでおきました。

そうしたら次の日に体調を崩したのです。
病院に行くとお腹の風邪とかいうめちゃくちゃふわっとした病名を告げられました。
ウイルスが体の中で悪さをしているせいで体調が悪くなった、というありきたりの説明でした。

ですがそこで私には思い当たることがあったのです。
私は前日にPCのウイルス退治を手伝いました。
その時にウイルスが私の体に入り込んだのでは、と。
つまり

人PC共通感染症だったんだよ!

な、なんだってー!?

ということです。

まあ、冗談です。
ですがこれが本当になったら恐ろしいことですよね。
生活必需品と化したPCとそのネットワークから、人にまで感染するウイルス。
世界が比喩抜きで滅ぶのではないでしょうか。


結局そのウイルスは一週間ほどかけて何とか表面上は退治できたようです。
ウイルスなどに詳しくないため、完全に駆逐で来たかはわかりませんが、問題は起きなくなったようです。
しかし対処の途中もひどいものでした。まあ不慣れなど素人二人ですからね。
市販のウイルス対策ソフトを入れていたようなので、それでとりあえずスキャンしたら、ということで試してみたのです。
ところが

スキャン時間は16時間を予定しております


16時間て



フライト時間かなんか?


あまりに長すぎるような気がしたのですが、聞いてみたら納得いきましたよ。
ウイルス対策ソフトを入れているのはいいですが、今までスキャンをしっかりかけたことはなかったそうで。
四年ほど使っていて一度も自動スキャン以外したことなかった、と考えれば仕方ないかなという気にもなります。

こうなると自分のことも気になり、体調が良くない時でもできるので、私のPCもスキャンしました。
常駐ソフトもしっかり働いているし、変な所も見ない。変なものもダウンロードしていないので大丈夫だろう、と思っていたのです。

しかし8個ほど危険なものが見つかってびっくりしました。大事になる前に見つかってよかった。
意外とすり抜けて入ってきているものですね。もっと注意して、こまめなスキャンなどで気をつけないといけません。

この勝利で慢心しては駄目。索敵や先制を大事にしないと

といったところでしょう。

実際対策としては入り込む前に発見して対処するのが一番みたいです。
それとこういったウイルスが流行っているとかの情報収集などもいります。
そのためにはPCにあらかじめついている、Microsoftの対策ソフトだけでは些か心もとないです。
自分で市販やフリーのソフトを探して手に入れなければなりません。


それも一つや二つではない……全部だ!


全部は言いすぎですが、一つでは対応しきれない場合が多いとかで、私は結局二つ入れています。
そのうえ普段も怪しいサイトなどには近づかないようにしています。
それでもこうしてスキャンしてみるとウイルスに感染していました。

ウイルスにかかって大変だった知り合いも、そんな怪しいところを見られるほどネットを使う人ではないです。
ですがどうも履歴の時間などから察するに、YouTubeを閲覧中にウイルスに感染したようです。
見るだけでかかるのか、見たときにどこか押してしまったのかはわかりませんが。



大手サイトでも、動画を見るだけでもかかるなんて怖いですね。
ウイルススキャンなどはこまめにして、PCの調子を整える機会を増やしてみるといいでしょう。
自分は心当たりもないし大丈夫、と思っていてもウイルスが発見される可能性は十分にあります。
記事名の通り、許可しない、で一気に追い出せてしまえば楽なのですが。


まずは矢に刺されるところからですね。



未だ不調の続くほむ提督でした。

7月10日はウルトラマンの日! ~誕生51年、僕らの光の巨人~

7月10日はウルトラマンの日! ~誕生51年おめでとう~

 

こんにちは、ほむ提督です。

今日は題名通り、ウルトラマンの日です。何とかの日なんて言うのは、最近では毎日のようにありますけどね。本日はウルトラマンです。
一応今日は納豆の日でもあるんですが、とにかくウルトラマンの日です。

ちなみに納豆の日は、「なっ(7)とう(10)」の語呂合わせからきています。まあ、そうなるな。

関西納豆工業共同組合という組織があったそうで、彼らが関西における納豆の消費拡大を目指して、1981年に記念日として定めました。
この時は関西地域限定だったのですが、その後、全国納豆共同組合連合会という関西納豆工業共同組合の上位組織のようなところが、1992年に改めて7月10日を「納豆の日」と決めました。
今度は関西ではなく全国と名の付く組織の決定ですから、これを機に全国的な記念日となったのです。

 

そういう経緯があって全国的記念日となり、私も個人的に納豆は好きですが、それよりもよはりウルトラマンかなって。
お祝いの意味も込めてブログで取り上げようと思います。


さて、ではなぜ本日がウルトラマンの日なのかと言う疑問にまずはお答えしましょう。
それは1966年の本日7月10日



ウルトラマンが初めてテレビに出た日なのです。



テレビ初出演、ひいては全国にその存在を広く知られた日ということになりますね。
ただこれだけ聞くとこの日が第一話の放送日のように思うかもしれませんが、実際私も思いましたが、違うのです。

1966年、「ウルトラマン」の第一話「ウルトラ作戦第一号」が放送されたのは7月17日なのです。
ですがその一週間前の7月10日に、ウルトラマンウルトラ怪獣科学特捜隊が出演するイベントが放送されました。
ウルトラマンの生みの親である円谷英二さんもゲストとして登場した、「ウルトラマン前夜祭ウルトラマン誕生」という番組PRイベントです。
それが公開録画中継という形でテレビ放送されたのが、本日7月10日、すなわちウルトラマンの日なのです。



初めてウルトラマンを目にした人々の興奮はいかほどだったのか。
私は物心ついた時には見ていましたから、初めて見たとき自分がどう思ったかはわかりません。
ですが私にとっての明確なヒーロー像の一つであり、同じように日本人の多くがヒーローと言われて思い浮かべる姿でしょう。


M78星雲から来た光の巨人。
光の国から僕らのためにやってきてくれた正義のヒーロー。
巨大な怪獣を投げ飛ばし、やっつけるその偉大な姿にどれほど興奮し感動したことか。

日本の特撮を大きく進めた、文化的にも偉大な役割を果たした存在です。
毎回怪獣に破壊されるセットに、毎回異なる怪獣の姿。それらと戦うために動き回るウルトラマン
こういったものを作り、揃え、維持するのはどれほどの苦労と努力があったのでしょう。

そんな夢や希望、汗と涙で生まれてきたウルトラマンですが、誕生してもう半世紀も立つんですね。
それが未だに人々に親しまれ、広く知られている。すごいことですよね。
グッズなどについている柄は、新しいウルトラマンが次々出ている今でも初代ウルトラマンが多いです。
次にウルトラセブンで、次は怪獣たちではないでしょうか。
テレビで見たことのない世代でも、ウルトラマンといえば初代の姿が目に浮かぶのでは。


ちなみに私は初代ウルトラマンも好きですが、よく見ていた分だけウルトラセブンの方が好きです。
白、銀といったイメージの強いウルトラマンから、赤一色なウルトラセブンへ。
思い切った変更ですよね、今になって思うのですが。

頭のアイスラッガーという代表的で特徴的な武器もそうですけど、投げ技のウルトラマンと殴り合いのセブンとか戦い方の変化もありました。
アイスラッガーは残酷というか、グロい倒し方をするなと思いましたが、ウルトラマンも八つ裂き光輪とかいう名前から危険なもの使ってましたからおあいこでしょうか。


個人的にはエメリウム光線好きです。ワイドショットのまさにワイドな、スペシウム光線より幅広なビームも好きでしたが。
エメリウム光線ってなんだかスタイリッシュというか、スマートな感じがします。
サッと構えて素早く発射、派手さはないが牽制からとどめもさせるいぶし銀な活躍ですよ。

ウルトラマンはキャッチリングがなんか好きでした。あの使うときの音とか、なんだかぽわぽわボワボワした謎の見た目が。
今見ると小さい丸い光の輪がいっぱい集まって、一つの大きな輪を作っているみたいです。
八つ裂き光輪も輪ですし、ウルトラマン自体がどこか丸い印象を受けますし、輪や丸を意識して作っていたのでしょうか。


グッズといえば、私は昔大きなエレキングのおもちゃを持っていました。
鳴き声が出たりするやつで、幼い私は大喜びで毎日遊んでいました。
ですがある日壊れてしまい動かなくなってしまいました。直そうにもおもちゃ屋さんではできないとのことで、ひどく私は悲しみました。
そこで親がバンダイに連絡してくれて、壊れたエレキングを送れば直してくれることになったのです。

喜んで送り、待つこと数日。
ある日帰ってくると、玄関に大きな袋がかけられていました。

開けてみると、そこには新品のエレキングの姿が!


バンダイからの手紙があり、内部は壊れていて修理不可能でしたが、とても大事に思ってくれているようなので新品を送りますとのことでした。
もう大喜びで、確か私は泣いたような気がします。
しかも確かウルトラセブンからの手紙みたいなものも付属しており、もう大興奮でした。
今はその手紙はどこに行ったかわからなくなってしまいましたが、今でもあの時の嬉しさを何となく覚えています。
ちなみにエレキングの方はまだ家にいます。


バンダイには今出してるゲームとかで不満や怒りもありますが、嫌いになり切れない理由です。
バンダイは悪いところもあるかもしれませんが、こんな素敵な所もあるのです。
個人的にですが、バンダイに不満や怒りは持っても、心から嫌いにはならないでほしいなあと思います。

 

 

そういうわけで、今日はウルトラマンの日です。
今でもウルトラマンの必殺技や、怪獣の名前はすらすら出てきます。すっかりウルトラマンは私の一部となっているのでしょう。
たまにはそんな子供の頃のヒーローのことを思いだし、胸を躍らせてみるのもいいのではないでしょうか。

 


ほむ提督でした。

夏風邪と夏風~足がつった…つまり人類は滅亡する!~

夏風邪と夏風~足がつって人類は滅亡する!~

 

 

お久しぶりです、ほむ提督です。

 

ここ二週間ほど、風邪をひいてダウンしていました。
こんなに長く体調を崩したのも、何もできないほど体調を崩したのも久しぶりです。
未だに完全に回復したとは言えず、食事はここ三日ほどでようやく固形物が食べられるようになりました。


今回はブログらしいブログ、ただの近況報告的な日記です。
ブログというものが出た本来の目的に立ち返ってます。
今でこそ色々な内容や目的別のブログがありますが、かつては本当にただ近況を書いている個人的な日記でしたよね。
私も依然出始めの頃にしていましたが、飽きていつからか更新しなくなり、いつの間にか消滅していました。

 

そういうわけで、更新がなかった言い訳もかねて近況報告です。
元からそれほど頻繁に更新してないじゃないかと言われればその通りですけど。

 

二週間ほど前、まず夜というか早朝に足がつったんですよ。
ものすごい痛みに目が覚めましたが、目を覚ましたところでどうにもならないんですよね。必死に歯を食いしばって波が引くまで耐え、小康状態を迎えた所でマッサージ&温め開始。

なり始めの瞬間型の激痛から、常時続く恒常型の激痛へ変わり、やがて常時発動型ですが威力の低い痛みになりました。そこで痛みはあるものの、体から力を抜いてリラックスを心がけて収まるのを待ちます。

 

が、治らない時は治らないもので、その日はちっとも痛みが引きません。
しゃーない、切り替えていく、ということで二の矢を放つことにしました。

なお足がつる、というのは別名「こむら返り」とも言います。筋肉さんがこむらがえった、のこむら返りです。
だからどうということもないのですが、薬局で薬をもらうときはこむら返り用の薬となっています。違うこともあるかもですが、私が見たときはそうでした。

足がつるというのは、足の筋肉が収縮して伸びなくなってしまう状態のことです。
治る時はすぐ治るのですが、治らない時は一日治らないこともある厄介な状態です。

こむら返りの原因には筋肉疲労や貧血、ミネラルや水分不足があります。
逆に言えば、足りていないものを補えば治療になります。
というわけで、水分やミネラルなどを補給するためスポーツ飲料を飲みました。
痛む足をできるだけ動かさずに移動するのは骨が折れましたが、何とか達成できました。


が……駄目っ……!


まるで治まらない……!痛み……!変わらずっ……!


結局筋肉を揉んだり、撫でたり温めたりしましたが痛みはひかず、まんじりともせず夜を明かすこととなりました。
眠気と痛みで思い頭を抱えつつ、何とか朝食は取りました。
食事と洗顔などでようやく頭がはっきりしてきて、「今日は早く寝よう」なんて思いながらPCの電源を入れました。
ニュースなどを見て情報を仕入れ、メールを確認してといったデイリー任務を実行。
夜はひどい目にあったが、何はともあれ日常、通常営業に戻れたと思っていました。その時は。


ふと気がつくと、何やら胸がむかつくのです。
今すぐどうこうというほどではないのですが、どこか違和感を感じる程度の気持ち悪さ。何だか気持ち悪いなと思いはしましたが、夜寝られなかったからそのせいで体調が悪いのだろうと気にしないでいたのです。

そうしたらある時突然、胃の方からこみあげてくるものが。


やばい、と思い最初は無理やり飲み込むようにして、胃に押し戻しました。
しかししゃっくりのように、繰り返し繰り返し襲い来る吐き気。
胃が痙攣しているかのように、自分の意思とコントロールを外れ吐き気を突き上げてきます。

 

もういかん、と思ってとっさに近くにあったゴミ箱を手に取った途端、思いっきりぶちまけました。

 

実に数年ぶりくらいの嘔吐でした。

 


と、ここまで書いておいてなんですが、他人の詳しい嘔吐描写なんか見ても仕方ないなと思ったので、後はダイジェストで。


結局その日はそれから何度も吐いたので、午後一で病院に行き点滴をしてもらいました。吐き気止めと吐いて失った体力を回復する成分が入っていたそうです。
それでその場は治まったものの、その日の夜はとても固形物は口にできませんでした。胃に入れると吐き気がぶり返してしまうのです。

その次の日は少し食べれたのですが結局吐き戻し、その日から三日ほど前まで固形物はほとんどなしでした。
お腹は減るが、腹に何も入っていなければ元気という辛い日々でした。

私は食事、入浴、睡眠という日常行為の三つが大好きです。
ですが食事はできず、風呂は入れず、眠れはするが楽しむ余裕がない。
これはなかなかに辛いものがありましたね。


ですが新たな発見もありました。
それは

です。

音というのは、あるのとないのとではまるで違いますね。
苦しみでもうろうとした頭でベッドに横たわり、水分を補給しては寝るを繰り返していてとても退屈でした。
退屈だと思える程度に回復したのはいいのですが、動けるほどでもなく寝ているだけ。テレビは部屋にありませんし、できることもないのでただただ呆然としているだけ。
そんなとき、天気もよくなったので換気もかねて窓を開けました。


飛び込んでくる音、音、音!

遠くで車が走り、風が草木を揺らし、鳥が鳴く。
そんな些細で当たり前の音が、一気に世界を彩りました。
ベッドから動けずとも、一瞬も同じではない様々な音の移り変わりのなんと素晴らしいことか。
元気な時は気にもとめなかったのですが、世界はなんて数多くの多様な音に彩られていることでしょう。

いつまでも飽きることなく聞いていられる、最高の音楽でした。


そんな感動をね、しました。病気特有のポエム感で。
臭いはあいにく鼻がつまっていて感じられませんでしたが、音だけでも夏を感じさせる爽やかな風でした。
未だに具合が悪いし、症状が重い時は本当に辛かったので病気になってよかったとは言いませんが、せめてものプラスを見つけました。

 

ただどうして急に風邪なんか引いたのか、コレガワカラナイ。デッデッデデデデ!
思い当たる節としては、現在も私を苦しめているこの猛烈な暑さと、気温の変動です。
まあ夏ですから、百歩譲って暑いのは良しとします。
ですが気温の変動は激しすぎませんか。

雨が降って寒いかと思えば、いきなり雲一つもない晴れで暑い。かと思えば曇り、曇ったのに暑いせいで異常な蒸し暑さ。
そんなことがどうもここのところ多い気がします。こうもムラがあると体温調節が上手くできないですよね。
おかげですっかりオデノカラダハボドボドダ!

これにくわえ、寝ている間に暑さで水分を失い足がつったこと、それにより寝不足になったことも加わり今回風邪をひいたのかなと思っています。
しかしこの最近異常気象じゃないかという話も、ここ数年毎年している気がします。
つまり異常気象がずっと続いているわけですよ。ひどいところでは洪水、地震と大災害レベルですしね。

「これまでに経験したことのないような大雨」というフレーズもなんか毎年聞いている気がするんですが。
例年にない暑さとか寒さとか、降雪量とかそのへんもですけど、毎年どこかでこのような異常気象が続いているように感じます。
地震もだんだん多くなってきていますし、台風も今年は早いし被害はひどいし。


人類は滅亡する!


な、なんだってー!?


があまり洒落にならなくなりそうで怖いですね。
異常気象を除いても、どこかの国のせいで第三次世界大戦とか、全世界で核ミサイルの嵐になったりとかも心配です。

 

 

そんな感じで体調の悪いほむ提督でした。
皆さんも体調管理には気をつけてくださいね。
久しぶりに風邪なんか引くと、健康の大切さが身に沁みました。

小林麻央さん死去~34歳の生涯~22日夜自宅にて

「人生で一番泣いた日です」「お察しください」「心残りだと思う」「心配で心配でしょうがないんじゃないでしょうか」


歌舞伎俳優、市川海老蔵(39)の妻でフリーアナウンサー小林麻央さんが22日夜、都内の自宅で亡くなりました。
まだ34歳という若さでした。麻央さんは東京都出身で、バラエティー番組に出演したり天気情報のキャスターを務めたりなどで活躍しました。

平成22年、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんと結婚。
その後は芸能活動を控えて子育てに専念していましたが、去年6月、夫の海老蔵さんが会見で、麻央さんの乳がんと闘病中であることを明らかにしました。
麻央さん自身は去年9月にブログを開設して、闘病生活や家族とのやり取り、日々の心境などを詳しくつづり、大きな反響を呼びました。
そのブログはイギリスの公共放送BBCに取り上げられるほどで、世界規模の影響を与えました。

しかし21日に容態が急変し、22日夜
ついにご自宅で死去されました。34歳でした。

ご冥福をお祈りします。

 


麻央さんはブログによると先月29日に退院し、在宅医療に切り替えていたようです。
これはもしかしたら、もう助からないと判断しての帰宅だったのでしょうか。
二つ前の記事で小林麻央さんについての記事を書いたこともあり、ショックです。


海老蔵さんの会見も、辛いものでした。
言葉にならない声を絞り出すような会見でした。

その一方で、マスコミの執拗なシャッター音。無神経で、無礼失礼と言いたい質問。
そういったものがひどく不愉快な会見でした。
少しでもお涙ちょうだいの話、言葉を引き出そうと、声が詰まる海老蔵さんを質問攻めにする姿のあさましさ。

麻央さんのどんな表情を思いだしますか、みたいに聞いておいて、海老蔵さんが全部だと答えるのです。
ですがそこで質問した記者はそんなこと聞いてないように、「笑顔ですよね?」なんてごり押しするんですよ。
我先にと質問ばかり、なんとか泣ける話を引き出そうとしていてどうにも不快でしたね。


上記題名に使った言葉は、全て海老蔵さんの言葉ですが、本当に重いものです。
子供たちについてまず会見で触れていて、「分かってると思うけど、分かってないところもあると思う」と。
母がなくなったことが理解できない子供たちの様子は、聞いているこちももらい泣きしてしまいます。

「どうすればいいのか、考えても考えても答えが出ないものだったと思う」「心残りだと思う」

麻央さんが子供たちを残していくことについて、どう思いどんなに辛かったか。
海老蔵さんの言葉からでも、子供を残していくことに麻央さんがどれほど苦しんだのかを察するに余りあります。
そして妻を亡くし辛い中で、母の死もよく理解できない年齢の子供たち二人を育てていかなければならない。
海老蔵さんも、何と重いものを託されたのか。



別に私は市川海老蔵さんのファンでも小林麻央さんのファンでもありません。
ですががんという重病に侵され、ついには離別を迎えてしまった家族に、芸能人も一般人もありません。
小林麻央さんは、がんの苦しみの中でもブログで闘病の様子を公開し、他の人を勇気づけるなど、病気と最後まで闘いました。
夫の市川海老蔵さんも、それを傍で支え続けましたが、それも並大抵のことではありません。

共に偉大なことだったと思います。


ですが一方で、これ以上関係のない人間がグダグダと語ることでもありません。
結局そのことで騒ぎたてれば、人の死をネタにして金に換えるマスコミと同類です。
それは嫌ですので、ただご冥福をお祈りするのみとします。

 

お悔やみ申し上げます。